その6

ヘキサな刑事・羞と心
(その6)


「裏金問題を告発しようとしていた」
おやっさんが続ける。
「正義感が強いといえばそうだが、この世界じゃ、バカと同義語だ」
「ちょっと!」
ユースケが鼻を膨らませて抗議した。
「まぁ、待て」
おやっさんが宥める。
「大阪の裏金、そんな話、表に出た記憶がないんですけどねぇ」
オレが言うとおやっさんの顔が歪んだ。
「そんな青臭い正義を真っ黒なヤツらが葬り去ろうとすることなんて、赤子の手を捻るより簡単だ。
上層部は島田が裏の世界と癒着してると反対に告発し、ヤツは懲戒免職になった」
「はぁあ!」
ユースケが叫ぶ。
「もちろん、デッチ上げですよね」
「なんすか、それ!マジっすか?!」
「ユースケ、おまえの、その貧弱な語彙はどうにかならんか?」
「それで、絶望のあまり、飲み屋街の裏通りのドブに頭つっこんだってわけですか?」
「おいおい、つるちゃんはまた、辛辣だな。そう言ってくれるな、ホトケさんが泣く」
「すいません」
「いや、わかるよ、やりきれんだろ?」
やりきれない。
絶望して東京に流れてきて、それでも「正義」は捨てなかったということだろうか。
ユキナは言った。
「わたしたちの救世主」
トラブルに巻き込まれた女の子たちの「駆け込み寺」。
彼は家族は捨てたのか、それとも捨てられたのか。
・・・・・え?
「ちょっと待ってください。おやっさんはなぜ島田さんを知ってるんですか?」
「ほう、島田さん、ときたか」
「そう呼びたくなりますよ」
「アイツとは、、、」
おやっさんの目が遠くなる。
「ある事件(ヤマ)で大阪府警の協力が必要だった。その時初めて会った。
初対面の印象は決して良くはなかったな。よく喋る軽いヤツだ。
だが、頭が切れると思った。そして、最後にはたいへんな人情家で、熱血漢だとわかった。
そしてそれが、、、」
「それがなんです?」
おやっさんの目が曇ったのでオレは促した。
「それが、いつかアイツの命取りになると直感した」
「当たりましたね」
「あぁ」
おやっさんはタバコを取り出した。
「あれ?止めたんじゃなかったんですか?」
ユースケが言った。
「無粋なことを言うな」
「2回目だ」
「なんだ?」
「つる兄にも言われましたよ。『無粋なヤツだ』」
ユースケはクチをとがらせ、膨れた。
オレとおやっさんは笑った。
「島田さんは殺されたんですかね」
オレはまだ確証を掴んでいない。
少量の睡眠導入剤は検出されたが、外傷はない。
だがかなり酔っていた人間にソレを飲ませ、ドブに頭をつっこませたら
窒息してもおかしくはない。
「それでも、いくらなんでも抵抗はするんじゃない?その痕跡はなかったよ」
「抵抗させないようにすることはできる」
「たとえば?」
「両手両足を押さえ込み自由にさせなければ」
おやっさんが代わりに答えた。
「二人はいりますね。いや、頭つっこむ担当もいるな。3人の共犯ですか?」
オレはそれが納得がいかない。3人もの人間をつぎこんで「事故」にみせかける必要があるのか?
「するどいな、つるちゃん」
「どうしても「事故」にしないといけない事情があった」
「巌松も、事故で片付けたがりましたね」
ユースケが言った。
そうだ、解剖に回すことに難色を示した。
だが、なぜか、その後気が変わった。
今でもそれが引っかかる。
「つるちゃんよ」
「はい?」
「現場でなにかみつけなかったか?」
「え?」
オレとユースケは顔を見合わせた。
お互いに信号を送りあう。
(おやっさんはなにをカマかけようとしてるんだ?)
「見たんじゃないのか。おまえさんたちにしかわからないナニか」
「意味、わかんないっす」
「ユースケ」
おやっさんはヤレヤレというように頭を横に振った。
「やっぱりもう少し、語彙を増やせや」
「なにが言いたいんですか?おやっさん、急にこのヤマに出張ってきて。
正直、オレ、気に入らないんですよね」
おやっさんは、オレを庇って退職するハメになった。
腐って倦んでいる署内でいちばんまともなデカだとオレは尊敬していた。
しかし、年季の入ったデカというものはまた「食えない狸」でもある。
おやっさんは目を細め煙を吐いた。
「まぁ、見てないんだったらいい」
そして、スタスタと歩いていった。
それから振り返り、言った。
「あの病院には確かに巌松がいる。立派なケガ人としてな。ちゃんと治療を受けてる。それはほんとだ」
そして、オレを指さし、笑って言った。
「監禁じゃぁないぞ。ヘンな噂、たてんでくれよ」
オレは憮然としたまま、その背中を見送った。
組み立てようとしたパズルにまた異形のものが入ってきた。
完成に向かうどころか、絵はますますわけのわからないものになりつつある。
「おやっさん、オレたちを尾行してるって言ってましたね」
ユースケの言葉に我にかえった。
そうだ、おやっさんはオレたちをツケていた。
オレたちの動向を探っていた。
誰の指示なのか。
それともおやっさん自身の意思か。
なんのため、誰のためにだ?
オレたちが病院に入ろうとするのを阻止した。
小島を助けたともいえる。
どっちの味方なんだ?
おやっさんに対する信頼が崩れていく音をオレはオレの頭の中で聞き、途方にくれた。

「あ、小島が出てきた」
ユースケのその声に、オレの苛立ちと混乱とほんの少しの「感傷」はしばし横に置かれた。
「どうする?つる兄」
「こっちが隠れる必要はない、行くぞ」
オレたちのまわりでみんなが勝手なことしやがって。
オレは半ばやけくそで小島の前に立ちふさがった。
いきなり現れた想定外の人間を前に、小島は大きな目をきょろきょろさせた。
小動物のようだ。
「どっか悪いの?」
ユースケが聞く。
小島はオレと同期だがユースケは3年も下なのだ。
階級社会の警察で先輩に対してのタメグチは論外だ。
だが、ユースケは一向に構わない。
小島という人間にはそうさせてしまう「徳のなさ」があるのだが、
小島自身もそういうことにまったく無頓着なのだ。
本当になにを考えてるのかわからないヤツだ。
「風邪ひいたんだよ」
「風邪ぇえ!なんだよ、それぐらい根性で治せよ」
「根性って、、。まぁ、キミならできるかもしれないけど。ボクはムリだよ」
皮肉ではなく大真面目に言う。
ユースケはアホらしくなったのかオレにバトンを渡した。
「で、会えたのか?」
「え?」
「巌松だよ」
「係長?なんでまた」
直球を投げたがこういうときに限ってこいつは妙に落ち着く。
小動物がいつのまにか変身する。
それに対してなぜかオレは肌が粟立つような感覚をいつも覚えるのだ。
こうなるとなにを言ってもムダだ。
「ま、大事にな」
オレは小島を開放することにした。
「ありがと。じゃ、ね」
小島は無邪気に礼を言ってその場を立ち去った。
「どうするの?つる兄」
「行ってみる」
「え?あの病院、踏み込むの?」
「だから、見舞いって言えよ」
「はいはい、無粋でした。でも、おやっさん、見てるんじゃないかな、オレたちのこと」
「構うもんか」
あ~、そうだ、知るか。
そう言って気づいた。
おやっさんは、あの病院にはかかわるな、と言ってはいなかった。
オレたちが入り込んでほんとにマズイのなら、もっと強硬な態度に出たはずだ。
オレたちを尾行したおやっさんの真意がどこにあるのか知る由もないが、ほんとに「阻止」しようとするのなら
さっきまでの態度はあまりにも甘すぎた。

受付には年配の看護師がいた。
ここにいるどの医者よりも権限を持っていそうな顔と態度の、太ったおばはんだ。
「初診の方ですか?」
声も野太い。愛想もない。
オレとユースケは「保健証」の代わりに「警察手帳」を取り出した。
表情は変わらなかった。
それどころか、やおら、オレとユースケの腕をぐいと掴み引き寄せた。
「ちょ、ちょっと!・・・なにをす・・」
「ちゃんと見せて」
そういうとオレとユースケの顔と手帳の写真とをしげしげと見比べた。
「鶴野さんと上地さんね」
「はい」
オレとユースケは見事にいいお返事をした。
なにやってんだ?。
警察手帳は「水戸黄門の印籠」なのだ。
それは見せることに意義があり、それだけで終わるものなのだ。
ドラマではその後立ち回りはあるが、ほんものかどうなのか疑う人間なぞいない。
こんな待遇は初めてだ。
「巌松さんに会いにきたのね」
「えっ?!」
こんな展開も予想もしなかった。
こちらが巌松の名前を出し、向こうはシラを切る。
シナリオはそうだったのだが、役者は向こうのほうが上手なのだろうか。
今のところ完全に主役の座を奪われている。
「2階の院長室に行ってちょうだい。内線で連絡しとくから」
また思わず「はい」といいお返事をしそうになった。
ほんとにこのおばはんは看護師なのか?
まるで大物政治家の秘書のようだ。
(『わたしを通さないと会うことはできませんよ』)
「もうひとり警官が来たでしょう?」
オレが聞くとおばはん、いや、看護師は
「あ~、あのひとね」とバカにしたような顔をした。
「あれはダメよ」
「は?」
「いいから、さっさと行ったら?それとも用はないのかしら」
「あ、いや。わかりました。どうも」
オレたちは半分気圧されたような状態で目的地に向かった。
「なんか調子狂いますね」
まったくだ。
「経済ヤクザってのは病院も経営してるんすかね」
「そりゃ、大いにあり得るな」
「ってことはオレたち、飛んで火に入るナントカ状態かも?」
「かもな」
相手の書いたシナリオどおりにオレたちは動かされている。
誰が書いたのか。
おやっさん、アンタも脚本家のひとりなのか?
ほんとはここにオレたちを誘導したかったのか?
「もうなるようになれだ」
そう言ってオレは院長室のドアをノックした。

(つづく)











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